かずさパン物語(5)~店主の人生と信念が積み重なれば、それは地域の文化になる。君津市「かさりんご」(前編)

 

麦の濃さを出す

粉のうまさを出す

自家製粉することにより、小麦のポテンシャルをいっそう引き出します
自家製粉することにより、小麦のポテンシャルをいっそう引き出します

「娘さんなんですか?

 いやぁ、ようやく結びつきました」

 

と笑う、「かさりんご」店主の柏義弘さん。

その母娘との会話が弾みます。

お客さんが帰られた後、いきさつを伺うと、

 

「おふたりともいつも買いに来てくれるんですけどね、

 いつもは別々にいらしてるから。

 そうかぁ~、親子だったんだ~」

 

そう振り返る柏さんは子どものように無邪気なにこにこ顔。パンのおいしさだけではなく、この柏さんの人柄に惹かれてファンになった人も多いのです。

お客さんも、そして上総のパン店主たちも。

取材している側からパンが売れていくため、焦りながらの撮影に
取材している側からパンが売れていくため、焦りながらの撮影に

「これ、今オススメのヤツ。ちょっと食べてみて」

 

と「フルッタ」を差し出す柏さん。

カットした断面からたくさんのドライフルーツが顔を覗かせ、思わず生唾をゴクリ・・・。勧められるままに頬張ります。

と、クラストのカリィィッ、という小気味良い音がライ麦の香りとともに奏でられたかと思うと、それとはまったく対照的に生地のウェットな舌触り。もちゅんとした弾力を感じながら、ギュ、ギュっと広がる風味をじっくりと咀嚼します。

驚きました。

おいしさにも驚きましたが、加えてこの食感のコントラスト。ここまで異なる食感がひとつのパンに内包され、それが違和感なく融合している。これはほんとうにうまいなぁと、夢中で頬張ってしまいました。

 

「3、4ヶ月作り続けてようやくできたヤツなの」

 

そう、嬉しそうに語る柏さん。加水を増やして2日間寝かした生地にドライフルーツを練り込みます。完成するまでに実に3日間かかるパンなのです。

多彩なパンを生み出す柏さん。その特徴を、

 

「うちは粉がメイン」

 

と断言します。

売り場から奥の工房に目を向けると、ひとつの器械が鎮座しているのが窺えます。

「オーストリア製の家庭用製粉機。7~8万くらいだったかな」

 

そう、かさりんごさんでは自家製粉した小麦の全粒粉を原料に使っているのです。訊けば、「昔は特に」と前置きをしたうえで、白い粉に外皮を混ぜて全粒粉として売られているケースが多かったといいます。

 

「本当は外皮と中の白い部分の間に

 ミネラルとかの栄養分がいっぱいあるんだよ。

 だから、全部皮を挽いて

 皮と胚乳のギリギリの部分も挽きこんで。

 麦の濃さを出す。

 発酵で粉のうまさを出す」

こちらは製粉前の玄麦
こちらは製粉前の玄麦

発酵に関しては一次種にホップ酵母を使うことが多いとのこと。生地にホップ酵母を混ぜると強くなるそうです。二次種にはレーズン酵母などを使います。

自然の力に委ねた天然酵母ですが、

 

「天候の変化が困りますね。

 酵母の調整が必要になりますから。

 予想はある程度立ててやってるんですけどね、

 予想外の極端な気候が最近多いじゃないですか。

 急激に寒い日は温めて発酵を促す。

 逆に暑い日は氷で冷やさなきゃならない」

 

と、昨今の異常気象に頭を悩ませることが多いと云います。

 

そんな苦労を乗り越えて日々、製パンに挑む柏さん。パンづくりを始めたのは、今から20年ほど前のことでした。

 

 

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