かずさパン物語(6)~店主の人生と信念が積み重なれば、それは地域の文化になる。君津市「かさりんご」(後編)

 

粘って粘って認めてもらった

「尖ったパン」

発酵させてものをつくっていくその過程が、好きで愉しくてたまらない。そのわくわく感が弾けている「かさりんご」さん
発酵させてものをつくっていくその過程が、好きで愉しくてたまらない。そのわくわく感が弾けている「かさりんご」さん

「レストランで働いていた時、

 初めてパンを作ったんです。

 28歳でパン屋を始めたんですけど、

 パン屋を始めるタイミングとしては遅い方だと思います。

 何かをつくるのが好きなんです。

 ものを作っていく工程が好き。

 発酵させるのが好き。

 発酵させて焼く……

 ……何でこんなになるんだ、

 ドロドロだったものが3日経つと膨らむ。

 何で大きくなるんだろうって(笑)」

 

独立を考えていた頃、東京都江戸川区に住んでいた柏さん。「この距離内で移ろう」と、地図の上でコンパスを回します。

 

「もっと自然のあるところにと思ってたんだけど、

 西を見るとまだ都会なんです。

 八王子の向こう、高尾のあたりまで行かないと。

 逆に東の方を見ると、

 房総が範囲の中に入って来てたんです。

 この今の店舗の場所って、

 分りにくくて気が付かなかったってよく言われますが(笑)、

 自然と街のちょうど間くらい。

 あっち(国道16号、君津駅寄り)はもう街でしょ」

 

そうして2007年10月、現在の場所にオープンしたのでした。

国道の喧噪から逃れるかのように、住宅街の外れにあるかさりんご
国道の喧噪から逃れるかのように、住宅街の外れにあるかさりんご

しかし、そこから苦難の日々が続きます。

 

「オープン当初はパンを捨てた日が何度もありました。

 思い出すとあれが一番辛い。

 固い固い言われて、馴染みがないとか。

 『コロッケや焼そばのパンないの?』って言われたり。

 粘って粘ってやっと認めてもらった、やっと。

 でも、(妥協して)尖ったところが無くなっちゃったら、

 普通のスーパーにあるパンになっちゃうでしょ。

 尖ってたパン、この辺の地域に無かったから」

 

まだハード系のパンが浸透していなかった当時の上総地域で、苦難を抱えながらも少しずつ新時代のパン文化を伐り拓いていったのです。

おいしさと、その笑顔で、少しずつ。

食パンが焼き上がりました。香ばしい匂いの向こうで、パチパチと囁く声が聴こえます
食パンが焼き上がりました。香ばしい匂いの向こうで、パチパチと囁く声が聴こえます

「パンづくりってやりたいようにできるでしょ。

 まったく知らないものをプラスにできる。

 でも、何がプラスになるか分らない」

 

そこにパンづくりの醍醐味を感じると、柏さんは強調します。一方で、頑(かたくな)にこのパンだけしか作らない、というスタンスでもないと云います。

 

「バランス取りながらできる範囲でやります、

 地域の文化としてね。

 パン屋って、

 食べたら『いいね!』っていう

 感覚を起こさせるのが役目だと思うんです」

そんな柏さんのスタンスに惹かれて、常連客だった女性たちが製パン技術の教えを請うようになっていきます。

 

「教えるっていっても、

 口で話したり、『種』を見せるくらい。

 一緒に(製造工程まで)やっている訳じゃないんですよ。

 意外とできるんだよ、パンというのは。

 そんなことも伝えたいなって」

 

そうして伝播していった「いいね!」という感覚が、その女性客たちの夢と重なり、彼女たちは自分の店を次々開業。上総パン文化を受け継ぐ三つのパン屋が木更津市に誕生しました。そう、矢那の「紡」さん、大稲の「rosa」さん、そして今年オープンした、羽鳥野にある「ゆうちゃん酵母」さんです。

 

「お客さんに、

 こういうパン屋さんがあって良かった

 って言ってもらった時……」

パン屋をやってて良かったと思えるその瞬間が訪れる度に、ひとつのパン文化の広がりを、柏さんは噛み締めているのです。その屈託ない笑顔とともに。

 

 

 

■かさりんご

君津市内箕輪1-16-9

8時-18時(売り切れ次第終了)

休:日曜・第3土曜

webサイト →  ● 

 

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