本の熱量が伝わる、熱伝導率の高い本屋さんって、どんな本屋さんなのでしょう?安房鴨川駅前にある老舗の本屋さん「鴨川書店」

鴨川市商工会女性部の絵本と『手仕事の匠たち』を購入しました

内房線と外房線。

房総半島を覆うように取り囲む鉄路が行き着く終着駅、

それが安房鴨川。

日東交通バスの臙脂と少し草臥れたカナリヤ色と、

駅前商店街の佇まいが重なる。

鉄路の果てに漂う寂漠とした空気に、

どこか弾けるような躍動感と光を感じる時、

それは太平洋の海原の気配に触れた時。


     ◆


商業施設の立ち並ぶR128沿いとは対照的に、旧市街の駅の海側には、古い商店が立ち並び、浜辺までゆけば新しいショップを見つけることができます。私が密やかに外房一おいしいのではないかと心寄せているおかきの店「高梨商店」の本店も商店街の通り沿いにあります。この日は30年以上にわたり営業されている駅前喫茶「フルーリ」さんで、ナポリタンを食したら、駅前書店へと向かいます。

海側の小さなロータリーを駅舎を背に立つと、左手に千葉銀行があります。その右脇の道を直進するとすぐに、その駅前書店に辿り着きます。

■鴨川書店

鴨川市横渚907-2


二台並ぶゲーム機が好奇心を掻き立てます(笑)

その好奇心はお店の中に入ってさらに増幅させられます。千葉県や鴨川市の郷土本が充実しているのです。

「実際こういうのはあまり儲からないんだけど、

 本好きの方がよく見てくれるからね」


と、カウンターの向こうから教えてくれるのは鴨川書店の平野有秋さんです。千葉県の郷土本出版の雄、崙(ろん)書房さんの書籍のほか、『まほろば』や『房州magazine』など、安房地域(南房総エリア)の雑誌のバックナンバーもありました。


私は崙書房の『手仕事の匠たち 千葉職人紀行』(写真・文 清野文男)に釘付けに。1991年発行と、20年以上も前に出された本が普通に面陳されていたのです。1990年代前半当時の千葉県中の職人の姿が、写真とともに記録されている。これだけでも身体がゾクゾクしてくるのですが、「海女メガネ」といった、房総の風土、生業に根差した道具の職人の姿に心惹かれました。以前展示会にお邪魔した芝原人形の千葉惣次さん(睦沢町)や、勝浦市の草鞋の作り手なども掲載されており、3000円近い本でしたが、思い切って購入しました。

「職人はもうすいぶんいなくなっちゃったよね」


と溜め息混じりに平野さんは呟きます。

一方、ユニークな自作本も見つけました。鴨川市商工会女性部歴史サークルの方々が作られた絵本『子供たちに伝えたい鴨川の歴史シリーズ』です。

『ぐるっと千葉』の最新号も隣りに置かれていました(笑)
『ぐるっと千葉』の最新号も隣りに置かれていました(笑)

『日蓮上人』『畠山勇子』に続く第三弾『波の伊八』。

これも購入しちゃいました。


主にいすみ市から鴨川市にかけて、彫物師・武志伊八郎信由こと「波の伊八」の作品が残されています。伊八めぐりをされる方も多く、たまに伊八について訊かれますが、なかなか伊八の経歴まですんなり解説するのは難しいかったのです。


でもこの絵本は大変分かりやすく、今後活用できそうです。タイトルは「子供たちに」となっていますが、大人にとっても分かりやすい。伊八は「波の彫刻」という要素が際立って有名なため、全体像の分かりにくさがあります。だからこそ、こういう絵本は有り難いです。

それにしても住民の方たちの手でこういう媒体が作られるというのはいいですね。なお、暮ラシカルデザイン編集室でも、ご要望がありましたらこのような地域出版の取材・編集・デザイン・印刷製本のご相談を承っております(笑)


千葉の郷土本のほか、他の陳列棚も見応えがあります。新書別、文庫別、或いは出版社別という画一的な並びだけではなく、例えば「幕末・維新」に特化した棚や、「里海」の棚、「イザベラバード」の区画、といった具合に、ある本から、その本の関連性の近辺の本を辿ることができるのです。

里山・海の本の中に、産廃問題を取り巻く背景をフィールドワークを元にまとめたブックレットも置かれています。房総半島の全体像を深い所まで捉えた棚です。なお隣の「NHKテキスト」の大型POPはお手製。かわいいです
里山・海の本の中に、産廃問題を取り巻く背景をフィールドワークを元にまとめたブックレットも置かれています。房総半島の全体像を深い所まで捉えた棚です。なお隣の「NHKテキスト」の大型POPはお手製。かわいいです

こうした、何気ない本屋さんの風景のなかに潜む「個性」。

鴨川書店は創業して80年くらいになり、現在は有秋さんの息子さんご夫妻が切り盛りされているそうです。

荒波を描いた迫力満点のブックカバー。電話番号の大胆な表記が目を引きます
荒波を描いた迫力満点のブックカバー。電話番号の大胆な表記が目を引きます

「崙書房の昔の担当者はよく定期的に廻って来てたね」


と、往事を振り返る平野さん。鴨川書店でも取次(本の卸売)を通していますが、昔は直接納品に来る出版社も結構あったそうです。


人の手から人の手に本がわたる。


何気ない事なのかもしれませんが、実際『房総カフェ』を出版し、様々なお店さんに直接お届けして、この「人の手から人の手に本がわたる」ということの意味が皮膚感覚で分かってくるようになりました。まったく数値化できない、感覚的な話になってしまうのですが、お店を訪問し、お店の方とお話しすると「このお店は、本に込められた熱量を熱く伝えていただけるな」というようなことが、直感的に分かるのです。昨年末からいろいろなお店を廻りましたが、


本屋でなければ本に込められた熱量は伝わらない「とは限らない」


ことも実感しました。

本屋や、いわゆるセレクト系書店(本来的にはどの本屋もセレクトしているので正確な単語じゃないかもしれませんが)を俯瞰してみますと、本を本として捉えているところもあれば、取次から送られて来る一商品に過ぎない場合もありますし、本が「デザイン」「オブジェ」だったりもします。既存の書店と違う表現の仕方で、すごく熱く伝えていただける本屋さんもあります。


「房総」という文脈をしっかり見てくれていたり、或いは「房総」や「カフェ」に愛着を持っていただいているお店さんは、ほんとうに熱伝導率がいいと感じています。なんだかエラそうな事書いて申し訳ないのですが、でもこれは感じることです。熱量を伝播してくれそうなところに置いていただける事は、売れる売れない以前に、率直に嬉しいです。


鴨川書店さんのような、本が本として捉えられ、ほんとうに好きな人が本屋をやられている。そういう本の磁場が放たれている本屋さんは、滞在していてほんとうに心地いいんです。こんな、老舗の本屋さんに『房総カフェ』を置いていただける事、ほんとうに有り難く思います。