「ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台」の「移住×仕事」号〜『身体を軋ませて折り合いをつける』こと。仕事や暮らしについて考えさせられる本です

ミシマ社さんの初の雑誌。読み応えあります

Posted on 2015.10.13


『その矛盾に対して、制度的に対応することはできない。人間が生身の身体をその矛盾の間に投入することによって、肉と骨を軋ませて折り合いをつける以外に手だてがない』(内田樹さん)


ミシマ社初の雑誌

「ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台」の「移住×仕事」号。

久しぶりに発売日に本屋にダッシュして注文した本。

紙を綴じた状態そのままの背が目を引く装丁に

台割(頁の割振り表)によらずして組み上げられた

誌面のテンポの良さ。

本という媒体物そのものに度肝を抜かされます。


頁をめくるとまず特集のはじめに登場する

山口県は周防大島の農家、

宮田正樹さんの言葉がまずガツンときます。


『命に近い仕事ほどお金は動かない』


そこから内田樹さんの「街場の農業論」が展開されていきます。


宮田さんが


『自給自足に近い生活をめざす人であっても、最低限のお金は要ると思うんです。どうやって農業だけしながらやっていけばいいんですか』


と内田さんに尋ねます。

これは、農業をやっていない私も抱いている疑問です。

移住とお金の問題でいいますと、

小豆島に移住された内澤旬子さんは

地方への移住に関して、


『家賃は安いし生活にかかる費用も安く済むので、それで暮らせるし、東京にいるよりはよっぽど豊かに暮らせるのは確かなのだが、なにかをするためのお金を貯めることはできないはず(中略)私だったら不安で仕方ないから、どこか一旦素敵な暮らしには目をつぶり、ガツッと二百万くらい貯めて、それを資金にできることを……とか考えてしまうんですがねえ』


と、率直なご意見。

これも理想論抜きに、やはり私の頭の中にこびりついている「不安」です。


これらお金の話。少なくとも移住を考えてらっしゃる方にはみな抱く疑問、不安、そして本音なのではないでしょうか。その証左のひとつに、移住定住促進イベントに出展しますと、ほぼ「仕事はありますか?」と移住を検討されている方から尋ねられます。恐らく、この場合の「仕事」のニュアンスは「雇用」であって、「起業」「自営」ではありません。「ちゃぶ台」の面白いのは、生きるには就職だけではないんだよ、ということを論考されていることです。


一方で、


『まず頭で考えて、理屈が先にあって、身体がついていくというのではなく、身体や感覚が先行して、まず「ここにいたくない」という気持ちに駆り立てられて、都市を離れてゆく』(内澤旬子さん)


という移住のひとつの傾向に関しても、移住の当事者として腑に落ちる所があります。また、西村佳哲さんの


『ブームが過ぎたらどこかに行ってしまう(中略)そういう人たちは条件で見ているというか、消費者的なんです』


というお言葉にドキリとしてみたり(笑)おもしろくてついつい一気に読み進めてしまいました。

一旦本を閉じた後で再び「ちゃぶ台」の頁をめくってみますと、やはり「街場の農業論」に目が留まります。話題のきっかけは農業なのですが、冒頭の内田さんのお言葉は、仕事全般に通底するところがあると。宮田さんの問いを経て、農業の話から「矛盾との折り合い」とのロジック(論理)が示されます。


『農業と市場をダイレクトにつなぐことは、無理です。でも、それは原理的に無理なんです。根本の発想が違うんですから』


『現代社会には市場経済という仕組みが存在しており、グローバル資本主義の世界で僕たちは生きているわけですから、ある程度そういうものと折り合いをつけなければならない(中略)あくまで暫定的な「折り合い」であって、本質的には市場と農業は「噛み合わない」ということを忘れるべきではない』(いずれも内田樹さん)


「ちゃぶ台」ではこの農業と市場経済の前提論が各書き手によって綴られていますが、内田さんはその関係性の分かりやすい例として、次のように「文明」と「自然」について挙げられています。


『里山の機能は、文明と自然の間にあって、両者を架橋する「緩衝帯(バッファ)」であるということです(中略)両者がバランスよく共存できるように、自然と文明の間を取り持つこと』


では、『市場経済と農業の間にある原理的な矛盾』についてはどうかというと、冒頭の内田さんの言葉に帰結する訳です。


これは仕事や暮らし方にも言えるロジックなのではないでしょうか。

三島さんは編集後記で『出版業に当てはまる』と言われていますが、私も感じるところがあります。例えば本の流通の仕組み。


昨年暮れに「房総カフェ」を自費出版しましたが、取次(本の卸業界)を通して小売店(書店やコンビニなど)に配本される仕組み、というのを随分と見せつけられる思いがしました。この流通ルートがあるおかげで、全国津々浦々にまで本が行わたる訳ですが、逆に、このルートにのれない本は「本なのに本屋に置けない」状態になってしまう。だから私はこうした「矛盾」を自分の足を使ったり、カフェの皆さんをはじめとするご縁で「折り合いをつけた」訳です。


だからでしょうか、たまたま昨日、鴨川の里山にある古民家カフェ「夜麦」を訪ねた際、杉山さんが


「出版社がダメになった時、沼尻クンが回って来たからこういう結果になったんだよ」


と言ってくれたのが、すごく嬉しかった。

そうそう、たまたま夜麦のお客さんで医療関係の方がいらっしゃり、面白いお話もされていました。院長がよくこんなことを言うのですと、


「『自分』というのはね、『自然』をふたつに『分』けたものなんだよ」


冒頭の内田さんの言葉に、ふっと重なるように感じました。