『房総落花生』発刊によせて

納品。そして、送り届けます。

『千葉の魅力は落花生だけじゃない』

 

これは千葉県の知られざる魅力を伝えようとする時に、よく使われるキャッチコピーです。

この言葉を見た時「うん、そうだよね」と首を縦にふる自分がいる一方、 「落花生って、ほかのことをアピールするために脇に置かれてしまう。そんな地味な存在なのかな」とちょっとさみしくなる自分もいて、胸にもやっとしたものを抱えたような、複雑な心境にさせられます。

 

冒頭の言葉を発信する側も読み手も、おそらく双方とも、落花生についての多くを知らない。落花生の多様な魅力や、落花生が作られて送り届けられるその背景を、知らないし、伝わっていない。だから冒頭のキャッチコピーは違和感なく読めてしまうのではないでしょうか。かつての私もそうだったように。

 

晩秋、八街(やちまた)市を中心とする北総台地の畑には「ぼっち」と呼ばれる、乾燥のために積み上げられた落花生の小山が出現します。収穫を終えた夕焼けに染まるその豊穣の風景は、労働が暮らしの喜びにつながる、ほんとうに美しい、人と大地が織りなす風物詩だと心から思っています。この風景の中で佇んでいると、なんでこの風景に心動かされるのだろう、そんな疑問が膨らんでいきます。その問いの答えをこの『房総落花生』に込めたいと考えたのです。そのためには「背景」を知ること、そして伝わること。

 

近年、ピーナッツペーストのブームのおかげで、落花生畑の現場のことも少しづつではありますが、知る機会・手段が増えてきたように思います。だた、まだ抜け落ちている情報があります。それが「歴史」と「加工・流通」の情報です。

 

明治9年、牧野萬右衛門により千葉県で初めて落花生の栽培が始まりました。その後、品種を選抜したり、栽培方法を改良して収量増を実現したり、連作障害を防ぐために輪作体系を構築したりと、栽培技術を向上させていきます。一方、明治時代から販路拡大のための組合が設立されたりと、先人たちは落花生をいかに栽培し、いかに送り届けるかに知恵を絞り、奔走してきました。そんな先人の尽力があってこそ、千葉県は落花生の日本一の産地としての地位を築き、冒頭のキャッチコピーをも言い放てる環境になったと言えるのです。

 

そして「加工」。

落花生の加工は「ハンドピック」と「ロースト」、この作業に集約されるといっても過言ではありません。私は、コーヒーのように、落花生ももっと注目されてもいいとさえ思います。

 

殻付きの落花生の莢をパリッと割ると、カリッとした小気味好い食感のピーナッツが出てきますよね。塩味のついた薄皮付きのピーナッツなんかもあります。あれ、畑で乾燥した落花生をそのまま使っている・・・訳ではありません。実は加工所で「焙煎」されています。その焙煎の前後には、繰り返し欠点豆をはじく選別作業が行われます。

 

落花生の状態を読みながら温度調整してローストするその職人の眼差し、一粒ひと粒ハンドピックして欠点豆を取り除いていくスタッフの根気の強さ、その美味しさに向き合う姿勢・・・私は加工所でこの作り手の姿を目の当たりにしてから、「千葉県産落花生は値段が高い」と口に出せなくなりました。取材で見聞きしたことは、この落花生の製造現場を知らなかっとことが申し訳なく思えてしまうほど、迫るものを持ち得ていたのです。

 

『房総落花生』での取材の中で、何度も反芻した言葉があります。

それは、八街で落花生の加工・卸を行う今年創業100年を迎えた「伊藤国平商店」3代目、伊藤寿一さんがおっしゃった言葉。

 

『私がもっと若ければ(落花生を)育てるところからやってみたかった』

 

さらに、浦安市という田んぼも畑もほぼない街で、老舗落花生店の矜持と、地元ベーカリーの素直な生き方をつなぎ、「伝える覚悟」を持ってして新たな落花生みやげを生み出した女性がいます。伊藤さんの言葉や、浦安で繰り広げられたストーリーには、次の100年への可能性がある気がしてなりません。

 

『房総コーヒー』『房総カフェ』に比べて軽妙さがあり楽しげな感じで編集していますが、これまでにはないメッセージを込めています。ぜひ、落花生を味わいながら、本書を開いていただけると嬉しいことこのうえありません。

 

最後に、今回は取材もさせていただいた「地図とペン」の市川さんに「落花生ができるまで」のイラストを手がけていただきました。畑での栽培や加工所での製造工程を、伝えたいところをシンプルに凝縮してわかりやすく描いていただきました・・・さすがです!そして書名や特集の題字を製作していただいたのは、元職場の同僚、横山さん。真面目なちょっとカタいデザインに陥りやすい私を慮っていただいて、柔らかで親しみやすい文字を作っていただきました(さすがよくわかってらっしゃる・笑)。タイトなスケジュールの中ありがとう!

 

 

 

平成30年4月19日 

 

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