ひとり一人の輝きが、粉雪のように舞ったポルボローネ。そして今、重なり合った光が、丘のうえのカフェで美しく瞬きます〜木更津市「hanahaco」

「石けりコロロ」の取材から早3年あまり。2015年3月20日、木更津市矢那〜「街の里山」が輝きだします

こんもりとした木々。

裏山を携えた集落に、

伸びやかな田園風景。

土の匂いに、

瓦屋根の鼠色が溶け込みます。


木更津市の中心部から

君津市小櫃・久留里地区へ抜ける、矢那街道。

木更津で暮らしていた頃に見た初秋の矢那。

ガードレールを稲架(はさ)にして、

稲を天日干しする風景が

目に焼き付いています。


今、車窓を流れるのは新緑の気配。

木更津市矢那という「街の里山」。


そんな矢那の丘のうえに

カフェができました。


■Natural Cafe + Shop hanahaco

木更津市矢那1879-1

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地元の方の畑を借景に・・・エントランスを抜けると「hanahaco」を運営されている「地域作業所hana」(運営法人:特定非営利活動法人コミュニティワークス)施設長の筒井啓介さんが出迎えてくれました。


hanahacoは中庭を取り囲むように、カフェ、ショップが配されています。そのスタイリッシュな空間には随所に木材が使われ、矢那の風土との違和感を感じさせない、あたたかみのある演出がなされています。


「ここは新築です。

 ゼロから(建物を)建てるのって初めてだったんで、

 分からないことが多かったです。

 こんなとこまで費用がかかるんだ!とか(笑)」


と苦笑いする筒井さん。構想、準備は2年前からされていたそうで、地主さんに理解いただいたのが大きかったと振り返ります。


「見た目はまぁ普通のカフェですけど、

 やはり障がいのある方たちが働いていますからね」


そう、ここhanahacoは障がいのある方たちが切り盛りするカフェ&ショップで、7~8名の方が働いています。職員も8名入り全体をオペレーションしています。


元々、木更津市の中心部、市立図書館の近く「地域作業所hana」があり、そこで製菓、縫製、そして農業などの仕事を障がいのある利用者の方たちが担い、やりがいと工賃(※)を得ていくことで、利用者さんの自立を目指していました(その前は、実は木更津駅西口のビル「アクア木更津」の上階に、仕切りだけで隔てた空間で営業されていました。デパート跡地の窓が無く暗いフロアーは、hanahacoからは想像し難いです。あの頃からぐるっと千葉として筒井さんとはおつきあいがあったのですよ)。


ですが、


「ものづくりだけだと、

 利用者さんとマッチしないこともありまして。

 別業態を作ればハマれるかなと」


と、事業の多角化を模索されていました。また、農業もされていましたが、


「自分たちのファームでつくったの、

 なかなか売れないんです。

 まわりで100円で売っていたら

 200円にはできない。売れないです」


そういった理由から、構想されたのがこのカフェだったのです。


※工賃とは、工賃、賃金、給与、手当、賞与その他名称を問わず、事業者が利用者に支払う全てのものを指す

靴を脱いであがるこのフロアーも。働く職員のお子さんもここで過ごされる時もあるそうです
靴を脱いであがるこのフロアーも。働く職員のお子さんもここで過ごされる時もあるそうです
「僕らの考えを伝えるきっかけになる」と、カフェスペースの壁面にはブックコーディネートした棚が
「僕らの考えを伝えるきっかけになる」と、カフェスペースの壁面にはブックコーディネートした棚が

hanahacoのカフェでは地元素材、そして障がいのある利用者さんが栽培した野菜を中心とした料理を味わうことができます。「今週のランチ」のほか、香取市「恋する豚研究所」の豚肉を使った「しゃぶしゃぶ定食」、フェアトレードのスパイスやココナッツを用いたトマトベースの「hanahacoカレー」などを味わうことができます。


この日は「hanahacoカレー」を戴きましたが、ルゥの甘やかな酸味がぐいぐいと食欲をそそります。辛さは控えめで、滋味に富んだ味わい・・・美味しいです!

さらに、サラダバーから取り分けた野菜が弾けるような美味しさ!風味に躍動感を感じます。

のらぼう菜は利用者さんが栽培したもの
のらぼう菜は利用者さんが栽培したもの

サラダバーには様々なドレッシングが並んでいますが、これも利用者さんが製造したもの。

「擂るだけ、ミキサーにかけるだけなら、

 障がいがあってもできるんです。

 だからこれは自家製のドレッシングですよ」


と筒井さんは胸を張る。

実は、そんな「仕事のできること化」の仕組みはバックヤードなどにもあります。


「空間自体は一つですが、

 厨房は三つにセクションに分けて考えています」


という厨房は「ドリンク」「メイン」「サブキッチン」におおまかにカテゴライズし、専門的な技術を要するメインでは職員が調理し、それ以外の、例えば「ドリンク」でお冷やを「注ぐ」という作業、「サブキッチン」で食器を「洗う」や「拭く」という、細分化された作業を障がいのある利用者さんが担います。


食前に出されるおしぼりも、「洗う」「干す」「畳む」という複数の仕事で成り立っています。割り箸も、箸と紙袋をセットする、という仕事を利用者さんが行っています。


一方、ショップは「作業所hana」を含め、全国の障がい者施設で生み出されたアイテム、フェアトレード商品、伝統技術を活かした商品が並べられています。

この食器はカフェで実際に使われています
この食器はカフェで実際に使われています
作業所hanaの看板商品のひとつ、英字新聞のエコバック。野菜を入れたりワインを入れたり。マルシェの風景の一部になりそうですね
作業所hanaの看板商品のひとつ、英字新聞のエコバック。野菜を入れたりワインを入れたり。マルシェの風景の一部になりそうですね

その中でも目を引くのが「アップサイクル」と呼ばれる、廃材をリデザインした商品の数々。実はこのアップサイクル商品の多くは、作業所hanaの利用者さんの仕事がなされているのです。例えば、この東京ドームでも使われるテント生地の端材。書類ケースとして生まれ変わっていますが、この縫製や、英字新聞を組み合わせたタグづくりなどを利用者さんが手掛けているのです。

hanahacoの傘立てにも使われているキータグはアクリルの廃材から再生。利用者さんはリングを付けたりパッケージングの作業を行います
hanahacoの傘立てにも使われているキータグはアクリルの廃材から再生。利用者さんはリングを付けたりパッケージングの作業を行います
栓抜きはなんと木琴を再活用したもの。焼印を付ける作業をhanaで行います
栓抜きはなんと木琴を再活用したもの。焼印を付ける作業をhanaで行います

数々の商品に、hanaの利用者さんが縫製や組み立て、パッケージングで関わられています。ですが、メーカーからの委託が多く、


「どこで売ってるの?って聞かれても、答えられなかった」


と筒井さんは振り返ります。実際はそれらの商品が、森美術館など、都内の著名な施設などで売られていたのです。買ってくれる人の顔が見えない、自分たちの成果が感じられない、にも関わらず、実は商品自体は高い評価を受けている。だからこそ、直に販売する場を設けたかったのです。


ぐるりとhanahacoを一周し、入口まで戻って来ると、カフェの一番目に付くところに、懐かしいあの商品が置かれていました。それは、2011年の暮れに『月刊ぐるっと千葉』で取材させていただいた、「石けりコロロ」でした。

 

石けりコロロは「テミルプロジェクト」で開発されたポルボローネです。テミルプロジェクトは、福祉的就労の場の環境改善を目的に、株式会社テミルが全国で活動を展開。障がいのある作り手たちが生み出したアイテムに対し、ネガティブなイメージを払拭して一般商品と同等以上の商品力を持たせることで、工賃アップ、働き手の自立を目指しています。


 

当時の取材MEMOを振り返ってみますと、マザー牧場と地域作業所hanaのお菓子工房での取材内容が浮かび上がってきました。

 

          ◆

「アントレの髙木康裕シェフが、

 マザー牧場に声をかけて下さったんです」


と振り返るのはマザー牧場商事部売店課の増田俊司課長(当時)。石けりコロロは船橋市にある洋菓子店「アントレ」の髙木シェフがレシピを提供し、hanaの利用者さんたちが製造。原料の牛乳に、マザー牧場の牛乳を使います。さらに、増田さんは石けりコロロを手に取るお客さんたちを見てこう言います。


「お母さん方が手に取ってくれるんです。

 子どもさんが村上さんの絵本に親しんでいる世代なんですね」


そう、パッケージデザインは絵本作家の村上康成氏によるもの。様々な特技を持った人たちが関わり合いながら、この石けりコロロは誕生したのです。


ですが、当時はhanaの職員も含め、みな製菓経験がありませんでした。職員の中本小百合さん(現在はご結婚されて、名字が変わられています)にその時の様子をお伺いしました。


「テミルプロジェクトの先行事例のパン屋さんで

 修行にさせていただいて。

 お菓子の工場で働くということが体感できたのは貴重。

 ウチは小さなところでできないことが多いんですが、

『こういうところがあるんだ』という風に思い浮かべられるのが貴重」


当時、ゼロからのスタートであっても敢えて参加を決意した理由について、


「新しいことをやるのがウチの信条」


その言葉を思い出して、目の前のhanahacoを見ていると、思わずゆっくりと頷いていました。そして、小百合さんの云う「こういうところ」のイメージの輝きが、hanahacoに降り注いでいるのでしょう。たくさんの光を積み重ねながら。


「障がいのある人をひとまとめにするんじゃなくて、

 健常者と5対5で働いてもいいわけじゃないですか。

 福祉施設(という枠組み)から脱却しないといけない。

 これができるだろうなど、

 仕事や仕組みを押しつけるのでない」


と強調する小百合さん。


「働いてるみんながどこで活躍できるか、

 それを引き出すのが私たちの役目なんです。

 仕事にやりがいを持ってほしいですよね」


「障がいのある人たちって『完全なピラミッドではない』んです。

 この仕事ができたから次はこの仕事を頼もう。

 私たちってそういう感覚ですよね。

 でも、そうじゃないんですね。

 丸めるのが得意な人がいれば、計量ができる人もいる。

 1番目と2番目の仕事ができて、3番目ができない人がいれば、

 1番目ができて、2番目ができなくて、

 3番目ができる人もいるんです。

 だから分業派なんですね」


ポルボローネが1個あたり4グラムになるよう、ひとつひとつきれいに丸めていく。丸めた生地を、焼きムラができないよう天板に均等に並べる。2~3回に分けて粉糖を生地に付けていく・・・


仕事の内容を分解して、

それぞれの人がどの仕事ならできるか、

得意か、

やり甲斐が持てるか、

全体として効率化を図れるか。


それらを踏まえて仕事を振り分けていく。考えてみれば、私たちの普段の仕事にも共通しています。ただそれを作業所でも行うだけのこと。その当たり前のことが、障がいという「レッテル」に阻まれてしまっていたのです。


だからこそ、小百合さんはこう強調されていました。


「福祉です、と売るのではなく、

 美味しいということを分かってほしい。

 試食すると、この食感にみなさんの足が止るんです」


キョロンとした大きな瞳で佇む動物たち。

シンプルでかわいいイラストに惹かれて思わず買い求めてしまった

「石けりコロロ」。

スペインのアンダルシア地方に伝わる郷土菓子

「ポルボローネ」が中に詰まっています。

ひと粒口に運ぶとコロリとしたポルボローネがホロリ。

まるで粉雪のようにはかなく、

さぁーと溶けていきます。

その一瞬の口当たりが、優しい。

生地の香ばしさ、

そして仄かな甘さ。

立体感のある繊細な風味が

ふわんと口の中いっぱいに広がります。

パッケージを手にしたときのわくわく感に負けない、

豊かに展開していく味わい。

思わずにっこり笑みを浮かべてしまいます。

その笑顔にこそ、hanaの精神が込められているのです。

          ◆


そして、気が付けばその精神は、

美しい光となって、地域に放たれたのです。

この丘のうえのカフェで。


筒井さんはhanahacoというカフェとショップについて、こう云います、


「日常に取り入れて、もう少し豊かになってほしい。

 ストーリー、背景のあるものを使ってもらって。

(それを伝える)そういう場があったらいいな」


「福祉施設だから来てもらうのではなく、

 気づいたら施設だった、がいいな。

 福祉施設と言いたいわけじゃない」


受け身ではないのです。

この場が、この活動が、発信されるのではなく、自ら発信している。それは、地域、いや地球規模で底流する価値観とともに。等しく生ける人間として。


中庭で笑顔を見せる筒井啓介さん。今後は催しなども行っていきたいと意気込みます
中庭で笑顔を見せる筒井啓介さん。今後は催しなども行っていきたいと意気込みます